織田信長という歴史―『信長記』の彼方へ

表題は、春休み中に読んだ本。

出身地の関係もあって、信長ものは気が向いたときに読む機会が多い。御当地! なので、某ゲームでも信長を選ぶし(笑)

それはともかく、信長の事跡を知る第一級の資料として、太田牛一の『信長(公)記』が存在することは、この手のネタに興味がある方ならよくご存じだろう。

同本については、牛一自筆本が現在も残されているため、今までテキスト的にはそれなりに安定しているかな(底本という意味で)と思い込んでいた。

しかし、同書を読んでいると、色々とややこしい状況にあることがわかった。

自分なりに整理すると、以下のような感じ。

  • 『信長記』の標準テキストはそもそも無い
  • なぜ無いか、それは牛一の手控え+頭の中にあった信長関連のテキストセットに、受容者のニーズに応じて適宜加筆・削除・訂正等を施したため
  • そのため、自筆本でもテキストが違うところがある
  • さらに、テキストセットから抜粋したサブセットまで(自筆で)残っている(内容的にはこちらの方が古かったりするらしい)ので、大変

この本を読んでいると、標準テキストってそもそも存在するの? と思ってしまった。

まあ、筆者を含む研究グループは、将来的に標準テキストセット(アーカイブなのかなあ)を作る&公開を目標にしているみたいなので、こうご期待という所だろうか。

この本を読みながら、カフカ全集編纂にまつわるあれやこれやを書いている、明星先生の本『新しいカフカ』のことが頭に浮かんだ。

カフカも生前に出版した作品は極わずかであり、死語、関係者がノートやら断片を「編集」してカフカの作品を作り上げた。

で、全集を編集するときになって、「じゃあ、カフカの作品て何?」ということになって、

  1. 出版されたテキストを集めた全集
  2. 「標準テキスト」なるものを定めようとした全集
  3. そもそもそんなものは存在しないので、ノートやら断片を写真に撮って、それを並べた全集

の三つが存在し、現在三つ目が刊行途中だったかな? この辺りは結構いい加減(詳しくは明星先生の著書をお読みください)。

内容的に濃いのだけれど、おもしろくって一気に読めた。お薦め。文献やる人は一度は読んでおくといいかも。

山田 崇仁 の紹介

あちこちの大学で講師をやっている中国史研究者です。 常時お仕事(専任・非常勤・原稿・講演など)募集中です。
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